内田亘俊さんとの対談

フォーラムで用いている楽曲を作曲した内田亘俊さんは、現在大学4年生。ヨーロッッパ中世の宗教音楽から現代の音楽まで、あらゆる音楽を研究しながら、微分音、トーンクラスター、テクノや民族音楽におけるリズムなどを駆使して数多くの、いわゆる現代音楽を作り、すでにweb上で数多くの楽曲アルバムを発表して、作曲家として活発に活動しています。
 フォーラムの実行委員の一員としてテーマ曲を作ったことをきっかけに、実行委員3名が、内田さんと対談をしました。

−まずは、内田くんをメインにして対談をすることになったことについての、率直な感想を聞かせてもらってもいいですか?
内田:ぼくのほうに率直な疑問があるので、それを最初に聞きたいです。
あなたたちは、ぼくに何を聞きたいんですか? ぼくに対して、何を求めているんですか? ぼくの答えに、何を期待しているんですか?
−ああ・・・、まったく・・・、その通りですね。わたしたちは、何かを期待してるみたいです。
内田:ぼくは、小学校に入る時から、教員やクラスの人たちに対して、「取扱注意」のシールが貼ってある宅配便みたいな扱いを受けるように、と説明されてきました。今は、医師の勧めで、ヘルプ・マークも持っています。そういう人として、ぼくから何か特別なことを聞きたいんですか? そうではない人、健常者っていうのかな、健常者がすべて、健常者が世の中の普通ってわけではないでしょ。
−本当に、そうですよね。わたしたちが健常者だと思っている実行委員に、心の内を語ってもらおうというインタビューをすることは、考えつきませんでした。これは、たしかに、むしろわたしたちの中に壁があるっていうことですね。
内田:そうです。なんでぼくを指名してインタビューをしなくちゃならないのか、お話をもらった時から、違和感だらけでした。
−すっかり納得してしまいました。内田さんは「健常者じゃない人」なんだというところから、わたしたちのインタビューが出発してたみたいですね。これじゃ、内田さんが勝手気ままに話をする前に、変な縛りができちゃってる。フォーラムで壁を取り払おうと提案しているわたしたちに、まさに壁が潜んでいたわけですね。ごめんなさい。
内田:そうですよ(笑)。健常者が世の中のすべてを決めてるわけじゃないんですよ。
−ええ、内田さんが健常者ではない、と決めつけるのも変ですよね。
内田:そうなんです。
−すごく納得しました。ほんとにそうですよね。いやあ、どうしましょう(笑)。これじゃ、インタビューそのものをやる意味がなくなっちゃいました。というか、インタビューをすること自体が、壁を作ってること、健常者とそうじゃない人がいる、っていう区別、差別になっちゃいますね。困ったな。
内田:好きなことを話していいんなら、話しますよ(笑)。
−うん、それでいいのなら、そうしましょう。・・・ん〜、何から始めましょう?
内田:音楽のことをしゃべってもいいのなら、そこからでもいいですよ。
−そうですね、お願いします。
内田:あの曲を思いついて、作っちゃった時に、結構いいのができちゃったなって、思ったんです。世間でありがちな、障害者に向けた音楽みたいのが、できちゃったなって。
−そうですかあ。「障害者が作った音楽なんだから、どんな思いを込めたんだろう?」みたいなことを、世の中では聞きたがるのかもしれませんが、わたしたちもそんな感じで話を聞こうとしてたみたいです。それについてはどう思います?
内田:ぼくが曲を思い浮かべる時って、すごく唐突に思い浮かぶことが多いです。その思い浮かんだ、メロディーやらビートやら、環境音やらを、ドラムマシンやコンピュータに打ち込むことが多いんです。だから、曲への思いとか意図とかいうと、皆無に近い。サンプリング[環境音を録音すること]して取り入れるとか。曲の最後の方に入ってくる鳥の鳴き声とか、川の音とかも、作っている最中に思いついただけなんです。そこには、意図も何もない。
−小鳥のさえずりが、生き物同士の調和とか、人間同士の和やかな和解とかを象徴してるとかってことはないと。
内田:ないです(笑)、ぜんぜんない。あとは、あるとしたら、音階の組み合わせかな。とっても数学的な話になっちゃいますが、たとえばドと♯のファを組み合わせたら増4度と言うか、トライトーンになって気持ちが悪いな、とか。そんなふうにして、最終的にたどり着いたのが、4つの音からなるメロディー、これはしっくりくるなっていう感じです。
−なるほど。わたしは絵を描いたりするんですが、たしかにそうですね。何かすごくはっきりした意図があって絵を描くことってあんまりないですね。描きながら何となくそうなってくっていう感じです。意図がコロコロ変わったりもしますしね(笑)。
内田:うん、そうです。
−内田さんのこの発言を聞いて、どうでしょう、ああ、「健常者」ではない内田さんみたいな人は、「健常者とは違って」こんな感じで曲を作るんだ、みたいに感じ取ることも、すごく変なんだってことに、あらためて気がつきました。
内田:うん、そういうことって、よく起きてますよね。
−ちょっと話題を変えてみていいですか。
内田:うん、どうぞ。
−内田さんは、このフォーラムにどんなことを期待して、というか、何をしたくて参加したんですか?
内田:ああ。たとえば大学に入ってから、ヘルプ・マークをつけるようになったけれど、普通の高校とか、中学校とか、小学校、幼稚園、まあ、少なくとも高校まで、一応大学でも、障害者っていうふうに扱われてたけど、普通学級にずっといたから、普通学級にいる他の子たちは、小さい病気を体験している人はいるけれど、ぼくみたいな病気を体験して、不便を感じてる人は少なかった。学校では色々とトラブルがありました。修学旅行に行くと「なんでお前だけ、風呂、一人で入るの?」とか、「なんでお前の頭を叩いたり、腹を殴ったりしちゃいけないの?」とか、「何でお前だけ、逆上がりできなくって、豚の丸焼き(鉄棒に手と足でぶら下がること)ばっかりなの?」って聞かれたり。
−学校には、どんな障害があるっていう届け出をしてたんですか?
内田:小学校だと、入学式の前に、校長、教頭、あと教務主任かな、の3人が校長室に来て、ぼくと母親もいて、母親が質問を受けて、それに答えてこういうことに気をつけてください、と言っていたと思います。その後、入学式の後に学年集会で説明をされて、それからは、学年が上がるごとに説明がありました。校長が変わると、また校長とあって同じことをやる、担任は毎年変わっていたので、その担任にも、家庭訪問の時とかに会って親が話をしなくちゃならなかったみたいです。
−高校までの在学時に、世間的にわかりやすい、「なんとか障害」です、みたいな話にはなっていたんですか?
内田:ものに例えちゃいけないんですけど、配送で届く宅配便に貼ってある「取扱注意」みたいな部類としてですね。担任や校長に直接会って、話をしたり、クラスの生徒に担任から話があったりしました。部活で一緒になっていた子も、同級生の友だちもいたから、こういうことだというふうに、広めてくれていたことはあります。
−取扱注意で?
内田:そうです。
−ヘルプ・マークを取得するに至った病名は、学校では公認されてたわけではないんですね。
内田:学校は、水頭症として説明をしていました。ヘルプ・マークは、医師の勧めもあって、癲癇発作に対してということで出したものです。
−水頭症って、一般にはあまり理解されていない病気ですよね。
内田:そうですね。
ヘルプ・マークって、つけていないと障害があることがわかりませんよね。ぼくもしばらくは持っていませんでした。これをつけていなくても、一般人と言われる人たちに比べてちょっと違うなってことがわかる人がけっこういるわけで、たとえば電車内にヘルプ・マークの専用席があるってことが、どうかなって思います。マークがなくても、ああ、障害がありそうだな、と感じれる人が座っていたりすると、居酒屋帰りのおじさんかな、いきなり入ってきて、その人を無理やりどかしたりしてるのも見たりします。マークをつけていてもいなくても、障害を抱えている人はたくさんいます。
−そう考えると優先席があるってこと自体おかしいですよね。優先席は車両に数席しかない上に端っこ、それ自体が差別に感じられますね。それに優先席じゃないところに座ってれば、譲る必要はないんだっていう免罪符になっちゃいますし。
内田:健常者がすべてじゃないんです。健常者を基準にして世の中を思い描くことがおかしいんです。そうではなくて、健常だ思っている人たちと、障害を抱えている人たちが、経験を共有すること、共有可能な体験の場所を作ること、これが大切かなと思います。世間にはいろんな人がいて、簡単に理解する人もいれば、なかなか理解しない人もいるから、世間をどう変化させるべきかですね。少しずつでも変化させることができれば。
−それが、内田くんがフォーラムに参加する動機でもありますよね。
内田:そうです。ちょっときれいごとを言っちゃった気がするけれど(笑)。
−きれいごとでいいんですよ(笑)、理想を語るのって大事ですよ。
内田:親などは、普通の人のように振舞いなさいって言うことがあると思います。でも、ぼくとしては、ありのままでいいと思うんです。偽って生活をすると、逆にストレスがかかっちゃうから、反動が来て負荷がかかって、最終的にメンタル面や、外面に出る病気として異常をきたすようになりえます。ありのままで、ストレスを感じるやり方をしないでいきればいいじゃない、と、思います。
−「二次障害」ですね、まさに。わたしは内田くんと知り合ってから、すごく意識が変わりました。白杖を持った人が目につくようになったし、そう言う人たちに声をかけるようにもなりました。
内田:障害者の中にも、ぼくみたいにわりと普通の人もいるわけだから、健常者だ、障害者だ、っていう区別をする必要もないですよね。区別をすることで制限が生まれてしまう。どうせ優先席を作るのなら、1車両全部そうするとか、そういうことにならざるを得ない。だからそれはかえってなくした方がいい。
−体験を共有するってこと、そうやって知識を増やすことって、大切ですね。
内田:そう。これは親とかに限ったことじゃないなって。
−そうですね。親御さんに過剰な負担や期待を抱くのもおかしなことですね。一人一人が考えていかないといけないことですね。
内田:そう。

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